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リゾリン脂質性メディエーターの病態生理学的意義の解明とその測定の臨床検査医学的応用
概論

  プロスタグランジン,ロイコトリエン,血小板活性化因子などを代表とする生理活性脂質は,細胞が刺激を受けた際に,情報伝達酵素の活性化を介して生体膜の構造脂質であるリン脂質から産生・放出される.当然ながら,それ自身は遺伝子にコードされておらず,その合成と分解に関与する酵素蛋白質によりその量が調節される.また,ほとんどの生理活性脂質は,標的細胞上に発現する細胞膜7回貫通型のG蛋白質共役受容体に作用することにより細胞応答を惹起するが,この受容体も種々の条件下において大きく発現が変化し,(病態)生理学的プロセスとの関連が示されている.

  蛋白質・ペプチド性メディエーターと一線を画した脂質メディエーターの意義は,近年とくに注目されているが,私たちは,新規生理活性脂質として脚光を浴びているスフィンゴシン1-リン酸(sphingosine 1-phosphate;Sph-1-P),さらにはリゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid;LPA)というリゾリン脂質性メディエーター(図)に注目して研究を行っている.リゾリン脂質とは,構造的には,リン脂質の2本のアシル基のうち1本を失ったものである.その物理化学的性質上,膜の脂質二重層に刺入しやすく,高濃度下ではその界面活性作用により細胞膜を傷害する.しかし,一方では,通常の2本のアシル基を有するジアシル型リン脂質と異なり,このリゾリン脂質は容易に膜間移動することが可能であり,シグナル分子として機能しうる要素を備えている.Sph-1-PやLPAは,新しいクラスの脂質性メディエーターとして注目され,プロスタグランジン類と同様に特異的受容体を介して,血管生物学,免疫学,さらには脳神経領域などにおいて多彩な細胞応答を示すことが示されている.

  Sph-1-Pは,当初,細胞内セカンドメッセンジャーとしての作用が注目されたが,我々の研究成果が発端となって細胞外メディエーターとしての作用が明らかとなり,その細胞表面上のG蛋白質共役型受容体の存在が明らかになるに及び,その位置づけは確固たるものとなった.Sph-1-Pの生体における役割に関しては,この脂質が活性化血小板から放出されるという我々の報告に始まり,血管生物学領域における重要性がまず明らかとなった.しかし,その後,Sph-1-Pに関する報告は多くの細胞系について指数関数的に増加しており,画期的免疫抑制薬FTY720が生体内でSph-1-Pアナログとして作用することが明らかとなり,生体におけるSph-1-Pの重要性を示す知見は免疫学をはじめ益々広がりをもってきている.

  一方,Sph-1-Pが属するスフィンゴ脂質とは違うグループであるグリセロリン脂質に属するLPAも,構造的にはSph-1-P同様リゾリン脂質であり(図),血清由来の脂質性増殖因子として,むしろSph-1-Pよりも以前からその生体における機能の重要性が論じられていた.この両者は,作用もオーバーラップしており,受容体も同じファミリーに属している.長らく,LPAの血中における産生源としてやはり血小板が重要とされていたが,我々はこれに疑問を呈し,現在では,血漿のlysophospholipase D(lysoPLD)が血中LPA産生を律していることが明らかとなっている.さらには,このlysoPLDがクローニングされたところ,癌細胞運動性促進因子として以前より知られていたオートタキシンと同一であること,オートタキシンはLPA産生を介してこの作用を発揮することが判明し,新たに注目を浴びている.

  我々は,これらリゾリン脂質の機能的役割の解明とその測定の臨床検査医学的応用の研究を進めています.

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